浦芝浜
千葉の行徳に勝五郎という男がおりまして,気持ちのいい男前なのですが,たいへんな酒飲みで手がつけられません。水のかわりに酒を飲み,飯のかわりに酒を飲む。痛風持ちで,肝臓には穴がいっぱいあいている。飲み過ぎで,暮らしもままならなくなりまして,
「こんちわ~,御隠居さん,いらっしゃいますか」
「おう,ボブ,いやさ,勝五郎,どしたい」
「いえね,その~,酒をやめたいと思って,御相談にあがったんですが」
「酒をやめる! そりゃまた,けっこうなことじゃないか。おまいさんはね,常々,飲みすぎると,あたしも思っていたんだ。今に体をこわすんじゃないかと,心配していたところだよ」
「それで~,どうやったら,酒がやめられますかね」
「ああよく聞いてくれました,いい方法があるよ。禁酒すれば,いいんだ」
「いやいやいや,ちょっと待てよ,じじい。いやいや,御隠居さん。禁酒ができないから,こうやって聞きにきてるんで」
「おおそうかい,これはうっかりしてた。よく聞いてくれました,いい方法があるよ,じゃあもっと強いクスリをやるってのはどうだい。ようはこう,ふわーっとしてりゃいいんだろ。あるよ,あるよ,シャブはどうだい。LSDもあるよ。お~い,ばあさんや,お客さんが見えたよ」
「いやいやいや,ちょっと待ってくださいよ。あっしゃこう見えても貧乏でね」
「貧乏にしか見えないけどね」
「とにかく,そんなたけえクスリを買う銭はねえし,なんて言うんですかね,酒をやめて,真人間になりてえんですよ」
「ほう,難しいことを言うね」
「ほうじゃなくて,いい知恵を授けてくださいよ」
「ふ~ん,まあねえ,あたしには真人間の何が面白いのかさっぱり分からないけどね~。よし,じゃあいいことを教えよう。おまえ,これから,芝浜に行ってね,財布を拾ってきなさい」
「芝浜で,財布を拾うんですか」
「そうだよ」
「なんのために」
「そりゃおまえ,財布を拾います,お金が入ってます,うちのばあさんからシャブを買います,らりぱっぱ~,楽しいな~,楽しいな~と。じゃなくてな,とにかくお前,芝浜で財布を拾えば,酒をやめて,真人間になれるんだよ」
「そうですか,なんだかよく分からないけど,御隠居さんの言うことだ,分かりました。けど,その,財布なんて,そんなに簡単に落ちてるもんなんですか」
「馬鹿を言っちゃいけないよ,お前。芝浜に行って,財布が落ちていませんでしたなんて話を,聞いたことがあるかい。毎年,年末になると,噺家たちがだーっとやって来てだなあ,ひおしがりでアサリを掘るみてえに,財布を拾ってくんだ。今まで,芝浜で拾われたお金の総額は,1兆3千億円だよ。それで,東京タワーを建てたんだ」
「はあ~,じゃあスカイツリーも」
「ああ,もちろん」
「国立競技場も」
「もちろん」
「アウトブレイクのトイレも」
「しつこいね~,お前は」
「それで,その芝浜ってのは,どこにあるんで」
「まったくお前は物知らずだね,都営三田線の三田駅のA6出口からすぐだよ。JRなら田町だ」
「ああそうですか。でも,浦安や三番瀬じゃだめなんですか,家から近いんだけど」
「そりゃ,千葉浜だろ」
さて,勝五郎,根が素直な男ですから,財布を拾いに芝浜へまいります。
「う~,寒い。え~と,財布,財布と」
芝浜というのは,いろんな魚がとれたところでございまして,雑魚場と呼ばれ,魚河岸で繁盛し,ここの魚が将軍に献上され,江戸前の名前の由来になったところでございます。
「財布え~,財布~と」
「あいたたた」
勝五郎がなにかに足をとられて,すっころびます。
見ると,足元に長い紐のようなものがたくさん絡まっている。
「なんだこりゃ」
と見ると,浜に打ち上げたアマモが,たくさん足にからまっている。
当時の江戸湾は,遠く干潟が広がる美しい海で,沖の方には葉の長さが1mもあるアマモという海草がたくさん生えておりまして,これが浜にもたくさん打ち上がっている。アマモは学名をZostrea marinaと申しますが,また別名をリュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシと申しまして,なんだかとにかく長い。
「ええい,こんちくしょう」
と勝五郎,そのリュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシをほどいていく。
するするするとほどいていきますが,なんだか固い茎のようなものが一本だけある。
「ええい,これはアマモの地下茎か」
とたどっていくと,,,その先に四角いものがついている。
「おお!」
伝説の皮の財布が,そこに姿をあらわしまして!
「きょろ,きょろ,きょろ,あったよ,おい」
あたりを見回す勝五郎。
午前4時の芝浜には,見てる人は誰もいねえ。
見ているのは神様だけだ。
どっこい,勝五郎は元全共闘の筋金入りのマルクス主義者で無神論者。
「ごめんなすって」
と言うが早いか,皮の財布を懐に,3ハロンを33秒台のスピードで,芝浜のダートを駆け抜ける~!
「はあはあはあ,ごごごごごごごごいんきょさ~ん」
「おう,ピーター,いやさ勝五郎,あわくって,どうしたい」
「ささささささいふが,,,」
「財布? てめえ,またこの野郎,やりやがったな」
「いやいや,芝,芝浜で」
「ああ,あれか,なにお前,ほんとに行ったの」
「行きました」
「馬鹿だね~,夢の話だよ」
「あたあたあた,あったんですよ」
「なにが」
「さいふが」
「ほほほほほんとに,ああああああ」
「これこれ」
「ほう,それでいくら入ってるんだい」
「てちちょっと,待ってくだせ,今数えますから,,,ひのふの,ざっと48~82両」
「なんだよ,両って,お前。江戸時代の人間か」
「ちょちょっと待って,ひのふの,ざっと50万ユーロ」
「ごごご,50万ユヨヨ~ロ,ペソじゃなくててててて。で,お前,そのお金,どうするの」
「どうするって,警察に届けますよ」
「警察! お前,それだけは駄目だろ。人間として,駄目だろ」
「じゃあ,貯金します」
「オーノー,貯金って,お前。香川県人じゃないんだから。だめだろ,もっと夢を持たなきゃ」
「じゃあ,えっと」
「ばあさんや~」
「いやいや,ちょっと待ってください。シャブは買いませんよ」
「競馬はどうだい,あさって金杯だけど。とにかくだね,こういうあぶく銭は,ぱーっと使っちまうのが一番なんだよ。よし,こうしよう,長屋の連中を集めてね,ぱーっと酒盛りをするんだ」
「あたし,マンションに住んでるんですが」
「うるさいよ,なんでもいいよ,とにかくぱーっと酒を飲んで使うんだよ」
「いや,そもそも,酒をやめるって話で」
「いいかい,よくお聞き。酒盛りをやります,大金を使います,目がさめます。さあ大変だ,貧乏なのに,またやっちゃった。女房が言います,おまいさん,財布を拾ったなんてあさましい夢を見て,とうとうお酒がおつむまで回っちゃったんだね,ああ情けない,もう死にたいよ。あたしと死ぬか,酒をやめて仕事に行って真人間になるか,さあどうするの~,っていい話だろ。お前はそれで,酒をやめて,真人間になりましたとさ,だんだん」
「なるほど! ようく分かりました。さすが,御隠居さんだ! そりゃあいいんですけど,あっしは,その,一人者で女房がいないんですけど」
「はい? そこから? そんなものお前~,芝浜で拾ってくりゃいいだろう」
「落ちてますかね」
「財布が拾えて,女房が拾えないなんて,道理がねえだろう。芝浜に行けば,なんとかならあな」
さて,勝五郎,根が素直な男ですから,女房を拾いに芝浜へまいります。
「う~,寒い。え~と,女房,女房と」
「女え~,女~と」
「あいたたた」
勝五郎がなにかに足をとられて,すっころびます。
見ると,足元に長い紐のようなものがたくさん絡まっている。
「なんだこりゃ」
と見ると,浜に打ち上げたアマモが,たくさん足にからまっている。アマモは学名をZostrea marinaと申しますが,また別名をリュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシと申しまして,それはもういいから,,,
「ええい,こんちくしょう」
と勝五郎,そのリュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシをほどいていく。
するするするとほどいていきますが,なんだか細長い髪の毛のようなものが一本だけある。
たどっていくと,,,
「おお!」
見たこともないような美しい女が,真裸で髪の毛の先にくっついている。
「きょろ,きょろ,きょろ,あったよ,おい」
その女の美しいの美しくないの美しいのと言ったら,髪はアマモのように長い碧髪で,眉は柳のような柳眉,唇は寒さでうっすらと紫色,胸は江ノ島弁財天,肌は透き通るように白く胃袋の中の消化中の天麩羅蕎麦が見える,おへそがひとつあって,腰は楊枝のような柳腰,すらっとした長い足が芝から品川の浜まで伸びている,両の足の付け根には見たこともないような複雑な臓器があって,これを描写すると長くなる。
あたりを見回す勝五郎。
午前4時の芝浜には,見てる人は誰もいねえ。
見ているのは神様だけだ。
これは神様からの贈り物か。
「ごめんなすって」
と言うが早いか,お姫様抱っこで,1ハロンを11秒台のスピードで,芝浜のダートを駆け抜ける~!
「はあはあはあ,ごごごごごごごごいんきょさ~ん」
「おう,与太郎,いやさ勝五郎,あわくって,どうしたい」
「おおおおおおお 女が,,,」
「見つかったか」
「ここれこれ」
「おお,やったなあ。どうだ,いい女か」
「へい,もちろん,まったくオチがありません」
投稿者: yuu
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