2022年6月3日金曜日

「ISAHAYA BAY BLUES」2007/3/27 

今年の4月14日で,諫早干拓の防潮堤締切から10年を向える.この間の,非常に多くの市民・漁民・研究者の諫早湾再生に向けた壮絶な戦いに,畏敬の念を表したい.

この写真のように,諫早湾にも多くのカキ礁があった.それらは,日本一の泥干潟と共に,今では土の下にある.

諫早湾の防潮堤締切が行われた当時,干潟の価値は充分に認識されておらず,特に諫早湾が日本で最も特異かつ重要な泥干潟であり,有明海全体のライフラインであることは,生物学的に充分に認知されていなかった.その点については,当時のアセスメントに関わった研究者からも深い内省の念が表明されている.

1997年4月14日の諫早湾の防潮堤締切(いわゆるギロチン)後,防潮堤内で死を待つばかりのムツゴウロウなどの映像が全国に流れ,「干潟」という言葉は日本において,やっと市民権を獲得した.故・山下弘文氏がギロチンの際に「これで勝った」と予言した通り,我々は「諫早の死」と引き換えに「干潟」という共通語を手に入れたのである.もちろん私は今も,「諫早の死」は一時的なものであると思っているし,その蘇生を強く願っている.

その後,山下弘文氏の遺志を受け継いだ佐藤正典博士らによって,2000年には「有明海の生きものたち 干潟・河口域の生物多様性」(海游舎)が出版され,干潟,特に泥干潟の価値は科学的に証明された.この本によって,干潟は「泥々して汚い場所」から「生物多様性の宝庫・海の生命の揺り籠」に社会的に生まれ変わったと言える.

しかし,「諫早」から10年過ぎて尚,特に泥干潟の海洋生態系における価値への科学的・社会的理解は,あまり進んでいないようだ.東京湾奥の三番瀬に残る貴重な泥干潟生態系は,覆砂によって砂干潟に変えられようとしている.泥干潟の価値,すなわち「諫早の教訓」が,ここでは全く生かされていないと感じるのは,私だけなのだろうか.

防潮堤締切後の諫早湾本明川河口のカキ礁の遺骸(1997年6月,坂田輝行撮影).

佐藤正典,2000.有明海の生きものたち 干潟・河口域の生物多様性.海游舎,東京.164p.

*有明海のカキ礁は,マガキ・シカメガキ・スミノエガキが混在した非常に特殊な群集である.諫早湾のカキ礁がどのような「種」組成を持っていたか,我々にはもう知るすべがない.


投稿者: 由

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