2022年6月3日金曜日

「干潟の中の干潟」 2007/3/28

干潟という環境の中には,非常に多様な要素が含まれている.福田(2000)は,河口域から干潟にかけての環境を,貝類のハビタットから19にも分類している.汽水域~塩生湿地~干潟という環境の中には,本来非常に多様な環境があって,その多様な環境及び異なる環境間の遷移的な環境ごとに,多様な生物種が生息しているのである.環境の多様性が,生物多様性の基盤であることは,生物多様性や保全生物学の「イロハのイ」である.

泥干潟は主に,河口域や岸辺寄りの環境に成立する.ある程度の面積を持つ河口・干潟域であれば,泥干潟,すなわち底質が泥である場所はほぼ必ず存在する.その面積が大きいか小さいかは地勢・潮汐・流入する土壌や有機物の量などの様々な条件によって決定される.泥干潟(底質が泥である場所)には,当然,泥底に特有の生物が生息する.泥干潟が小面積でも存在すれば,泥底に特有の生物群集が形成され,干潟全体の生物多様性は高くなる.

例えば,大分県の中津干潟(砂泥底が優占),沖縄島の泡瀬干潟(サンゴ砂礫底が優占)では,岸辺に泥干潟が形成されており,そこには干潟の大部分を占める砂泥底やサンゴ砂礫底に見られない泥底固有の貝類群集が見られる.中津と泡瀬の泥干潟では,イボウミニナ・イチョウシラトリ・オキシジミ・ハナグモリが共通して生息する.

陸奥湾~東京湾~瀬戸内海・九州~韓国南部の内湾干潟域は,「温帯日本区」とでも呼ぶべき海洋生物地理区に区分される(これはハマグリ Meretrix lusoriaの分布に重なる).さらに東京湾~瀬戸内海の内湾はアオギスや多くの貝類の分布によって生物地理的共通性が高い.私は東京湾~瀬戸内海(周防灘)にかけての内湾干潟域を「アオギス・ハマグリ生物圏」と呼び,その内湾生態系のかけがえのなさを提唱したことがあった.

「アオギス・ハマグリ生物圏」という包括ができるほど,東京湾と瀬戸内海の生物相はよく似ている.共通種の数は膨大であるが,その多くは東京湾では絶滅・絶滅寸前の状況にある.例えば,アオギス・ウミニナ・イボウミニナ・ヘナタリ・カワアイ・オカミミガイ・イタボガキ・ユウシオガイ・ハマグリなどは簡単に思い出される.こうした「アオギス・ハマグリ生物圏」の生物のコンプリート・セットが残っているのは,今や瀬戸内海周防灘だけである.そのため,東京湾の環境再生には,周防灘を見本とした生物相の復元が有効と考えられる.

大規模な河口・干潟・内湾域の中には,必ず泥干潟が存在する.そして,その泥干潟は,干潟全体の生物多様性を支持する.こんなことは,分かりきっていて,甚だ馬鹿馬鹿しい話だ.

東京湾・瀬戸内海・沖縄島で共通する泥干潟の貝類としては,イボウミニナ・カワアイ・イチョウシラトリ・オキシジミ・ハナグモリなどがある.イボウミニナとイチョウシラトリは,かなり以前に東京湾から姿を消している.その絶滅要因には,これらの種が熱帯系(高水温域)の種であることも関係している.ハナグモリはどうか? ハナグモリは中国大陸~日本に分布する温帯極東固有種だと考えられるが,東京湾は日本最北の個体群ではないだろうか.ハナグモリという種が,三番瀬にも沖縄の泡瀬干潟にもいる,江戸川から琉球までいる.お江戸にも生き残っている.うれしくなりませんか?

岡本・黒住(1996)は,千葉市の人口海浜の貝類について詳細な優れた研究を行なった.千葉市の人口海浜では貝類の生息種数が少ないが,その原因の一つとして「いずれの人口海浜でも,砂を用いて海浜を作りだし,干潟の勾配も急で,泥質の環境が存在しないこと」を指摘している.これは干潟全体において,局所的にでも泥干潟が存在することの生物多様性上の重要性を示唆しているものだと考えられる.

江戸川・猫実川河口の泥干潟生態系は,今や東京湾に残された「泥干潟の最後の砦」である.それは東京湾の泥干潟の生物種の遺伝子の最後の砦である.東京湾にも泥干潟環境が多くあったことは,貝類の化石記録が充分に物語っている.

それでも,あなたたちは,砂干潟だけの「ありもしない東京湾」を夢見るのだろうか.


福田 宏,2000.:巻貝類I-総論.佐藤正典(編),有明海の生きものたち 干潟・河口域の生物多様性,100-137.海游舎,東京.

岡本正豊・黒住耐ニ,1996:千葉市の貝類 1 -人口海浜の貝類-.千葉自然環境調査会(編),千葉市野生動植物の生息状況及び生態系調査報告書,581-622.千葉市環境衛生局環境部.


大分県中津市魚市場のアオギス,2006年1月16日.

東京湾の再生に祈りを込めて.


投稿者: 由

1 件のコメント:

  1. 前ブログでのコメント
    投稿者:木舩敏郎2020/5/7 16:25
    泥質干潟で検索していたら、山下由さんのブログを見つけ、懐かしくなりました。かって、大分県の泥質干潟の保護について、大変お世話になりました。2017年の日本湿地ネットワークに書いた私の記事が下記のERLにあります。私の予想通り、風波で巻き上げれた泥質は深く掘られた航路へ吸い取られ、浚渫を繰り返すだけです。潜提を築いても潜堤の外周に泥が移動し集積するだけで、泥質干潟の恒常性は損なわれるだろうと想像しています。

    jawan.jp/rept/rp2017-j118/01.html

    投稿者:山下由2007/3/31 14:55
    いわちゃん,ありがとう.貝を続けてます.よかったら,上のアドレスにメール下さい.

    投稿者:いわちゃん2007/3/29 23:12
    偶然、山下君を見つけた。高校の時の同級生です。2年生の時同じクラスだった。ような気もする。でも、ずっと貝が好きなまんまだったんだ。それがとっても嬉しいです。

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