晴天の神々が歌う日には,とにかく貝を洗って干す.
自宅にいる時は,ひきこもりである私にとっては,これは大切なリハビリである.
競馬新聞の上に干された大量のオチバガイ.
ゴミ袋に入っているのは,貝を含んだ大量の砂.
どうしても,山ほど貝を拾ってしまう,採ってしまう.砂まで,持って帰る.
「それは貝屋の脊髄反射である」と友人は言った.
そして,部屋は貝で埋まり,人生は収拾がつかなくなる.
エジプトのあるファラオ(王)は,「人生は短すぎる.神は,人間が貝を収集することに費やす時間を,人間の寿命の内に計算していなかった」とつぶやいたそうだ.
「宝島」で有名なイギリスの詩人,ロバート・ルイス・スティーブンソン(1850-1894)は「貝の収集に興味を持つということは,百万長者に生まれることよりも幸運だと言えるのではないか!」とつぶやいたそうだ.ツイッターがなかった昔から,人間はいろんなことをつぶやいてきた.
たしかに私は,凡百の絵画や現代美術よりも,個々の貝の造形美に限りなく癒されている.そりゃあもう,貝にとても感謝したい.
でもね,肉抜きとか超音波洗浄とかバインズ病とかデータベースとか,いろんなことがあってね,貝を楽しんでるつもりが,貝の下僕になってたりして,これでいいのかなと時々思います.
百万長者もちょっと趣味でやってみたい.
そして人生は貝は,ハレルヤ.
投稿者: you
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