「江戸前の漁場を守るには」2007/4/23

猫実川の沖合いには，素晴らしい海苔・アサリの漁場が存在している．

http://www.fukudanoriten.ecweb.jp/myweb16_008.htm

この「福田海苔店」さんのＨＰには，昭和31年の猫実川河口の航空写真が，現在の地図と重ねた実に素晴らしいレイアウトで紹介されている．

http://www.fukudanoriten.ecweb.jp/myweb16_024.htm

現在，猫実川河口のカキ礁がある場所は，昭和31年当時には，海苔漁場（養殖場）であり，泥質ではなくアサリやハマグリが生息する「硬い」底質であったと述べられている．この時代には，ここにはカキ礁はなかったようだ．一方で，明治36年の地図も示されていて，ここが蠣内（かきうち）と呼ばれ，牡蠣が多い場所であったことも述べられている．

現在の猫実川河口の泥干潟は，水質の汚染や富栄養化によって，発達したものである可能性は高いと考えられる．しかしながら，現在の猫実川河口の泥干潟及びその周辺の砂泥底には，アナジャコ・サルボウ・マガキという，浄化力の高い生物が大量に生息していて，脱窒や水質浄化に大きな役割を果たしていると考えられる．もちろんこの他にも，泥底・砂泥底に特有の多くの生物がいる．つまり，富栄養化し，泥底や泥分の高い砂泥底が発達する過程で，その環境に適合した生物が優占し，現在の生物環境が成立していると言える．

猫実川河口の生物環境は「実によく回っている」というのが，現場を見た私の感想である．猫実川河口の泥底・砂泥底・カキ礁とその周辺は，生物の多様性が高く，なんと言っても生物量が大きい．私は日本各地の様々な干潟を長年見ているが，猫実川河口干潟の生物のにぎわいには，とても驚かされた．正直に言って，東京湾の干潟を見に行くにあたって，とても不活性な「暗い」海を予想していたのだが，あまりにも生き生きした干潟であるので，本当に驚いた．江戸前の海の底力を見た思いである．

猫実川沖合いに，素晴らしい海苔・アサリ漁場が現在も維持されているのは，猫実川河口域の干潟において「生物環境が実によく回っている」ことの恩恵を受けているからかもしれない．汚れた水が，この岸辺にある泥干潟とカキ礁で，大きく浄化されているのではないか？　従って岸辺の泥干潟とカキ礁において，「浄化された水」と「充分な良き」生物的栄養が，猫実川沖合いに回って，素晴らしい漁場を維持している可能性は，充分に考慮され，科学的に検討される価値がある．それは「浄化された水」とか「充分な良き」という「　」付きのレベルではなくて，本当に科学的に検証されるべきであるし，干潟全体における岸辺の泥干潟の機能を検証する上でも必要な研究であると考えられる．

窒素の流入，富栄養化が著しい猫実川河口の環境において，アナジャコ・サルボウ・マガキなどの泥底・砂泥底生物群集は，陸から海の沖合いへの「水質の堤防」になっていると考えることはできないだろうか．アナジャコ・サルボウ・マガキなどの多くの生物は，結果的に，この海域を良くするために実に「よくやっている」のだ．そう思えませんか？

水質の改善が充分でない現状で，ここに無理やり砂干潟を作っても，それはいずれまた泥質化して，覆砂を延々と続けねばならないという，大きな経済的リスク（税金の使用）を県や市が負う可能性がある．それよりも現在の，泥干潟の「生物群集の堤防」を利用する方が，お金のかからない賢明で持続可能な選択肢であるかもしれないではないか．

流入する水質が改善されなければ，護岸の張り出しは，泥干潟を沖合いに押し出すことにしかならないだろう．それが，現在の沖合いの漁場環境に「悪い」影響を及ぼさないという保障はないし，覆砂が「泥干潟の生物群集の堤防」を破壊することで，水質浄化力を弱める可能性も充分にあり得ると考えられる．

三番瀬の漁場維持・管理において，研究者の判断は重大な責任を負っている．不用意な自然の改変は，漁業者の生活基盤に大きな影響を齎す可能性がある．覆砂をすれば，本当に漁場が改善されるのかということについては，慎重な議論と，充分な科学的検証が必要である．

また，猫実川・江戸川河口域の泥干潟とその生物群集の年代的分布がどのようであれ，その泥干潟生物群集は，東京湾全体の生態系・漁場環境において，その再生において，その持続可能な賢明な利用において，不可欠であり維持される必要があるものであることを，再確認しておきたい．

投稿者: 由