2022年7月18日月曜日

「牡蠣長屋」 2013/12/16 

九州は西の岸に有明海という海がございまして,博多から参りますと玄関口は筑後の柳川。沖端川の水路を粋な船頭の漕ぐ小舟に乗って下って行きますと,やがてにぎやかな河口の町に着きまして,ウナギの蒸篭蒸しは本吉屋に若松屋,美味しいものがたくさんございます。日ノ本の国でも,この有明海でしか食えないのが,エツにワラスボ・ムツゴロウといった魚,アゲマキやウミタケなどの貝料理,メカジャ(女冠者)は三味線に似ているからシャミセンガイと呼ばれる珍妙な生き物,忘れちゃならねえワケンシンノス。ワケンシンノスとは「若い衆の尻の穴」という意味でございまして,干潟に棲むイソギンチャクの1種。見れば見るほど尻の穴に良く似ていて,この煮物がまた美味しくて,誰もが「若者の尻の穴,サイコー!」と喜ぶわけでございます。

ああ美味しかったうまかったと,川端(かわべた)を海へ海へと歩いていくと,シシガイの貝殻の山がたくさんあって,貝殻を焼いて漆喰などにする灰をこしらえたので,これをハイガイといいます。身にはヘモグロンビンがある赤貝の仲間で,血の味がするので,チンミとも申します。

ああもう知識はたくさんだ,まっぴらだ。北原白秋やヨーコ・オノに縁(ゆかり)の柳川を後にして,海へ出ますとシチメンソウが真っ赤に紅葉し,干潟ではシギやチドリが遊んでいます。

潟(がた)のニキを西へ西へ,沖端川から筑後川を越えて,肥前の国へ入りますと早津江川,嘉瀬川をまた越えて六角川の河口に辿り着きます。そこには住ノ江という漁村があって,スミノエガキの名の由来となりました。

まだまだ西へ,鹿島川,浜川を越えると縁結びの名高き祐徳稲荷。参拝をすませ,豚骨ラーメンを食って,肥前七浦,肥前飯田,竹崎の湊に辿り着けば,もう後はカニを食って寝るだけだ。ところが,一緒に寝た女郎が甲殻類学者で,ヘイケガニの分類の話で一睡もできねえ。夜も明けぬうちに「あばよっ」てんで,お天道さまに追いつかれないように,まだまだ西へまだ西へ。毘沙天岳を右に見て,小長井を過ぎると,さあ夜も明けてきた,有明海の西の端,諫早湾の入り口だあ。

「今日こそ,水門が開いてますように,水門が開いてますように,水門が開いてますように」,一心不乱に祈って走る,「水門が開いていますように」。


昔々,泉水海という美しい海がございました。そこには暖かい泥の干潟があって,カキの長屋がありました。スミノエとマガキとシカメの家族が暮らしていて,海に丘を,干潟に長屋を作っていたのであります。ある日のこと,大臣たちがボタンを押すと,湾の首にギロチンが落ちたのであります。潮が来なくなると,逃げることのできないカキたちは口を大きくあけて苦しむのでした。ムツゴロウは乾いていく干潟から,湿った巣穴に潜ったのですが,いつまでも波の音は遠いままでした。じっと穴の中で,海を夢見ながら,眠るのか死ぬのかも分かりませんでした。

最後に,やはり穴に潜っていたカニが我慢できずに飛び出しました。シオマネキはその大きな片腕を水門の向こう側の海に振るのでした。すべての生き物のものであった地球と海に向かって,ちぎれそうにちぎれそうに大きな腕を振るのでした。

それは「さようなら」だったのか,「おかえりなさい」だったのか,誰にも分からなかったということです。



投稿者: 由

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