2022年6月4日土曜日

「縞実栗」2007/4/25 

今回の学会ツアーで,一番感動した貝がこのシマミクリ.浜名湖で「採集と学会と,どっちが大事だ!」と魂を叱咤しつつ,学会への遅刻も恐れず,死にもの狂いで採集した.この貝は,私の田舎には分布していないので,生貝を初めて採集して感動した.

学会会場の駐車場へ着いて,さてこのシマミクリとワスレガイの生貝をどうするかという話になった.その日は暖かく,車の中に貝を置いておくと,死んで腐ってしまうというのが,高い確率で予想された.「煮ちゃいますか」と友人.彼の車にはもちろん電源があるし,電気鍋も標準装備しているし,すぐ近くにトイレがあって水も汲める.「いやもう,学会が始っちゃうしなあ」と常識的判断を私が下す.「肉抜きと学会と,どっちが大事だ!」と神の声が聞こえて来そうだ.「博物館の冷蔵庫に預かってもらうのはどうだろうか?」と建設的な提案をするが,「いきなりそれは,どうかなあ~」と常識的判断を友人が下す.そして日陰になる「車の下に置くか,マフラーに吊るしておく」という意見が友人から出されたが,「猫に取られたら,マジで切れちゃうよな」と私が却下.お互いの意見に微妙に一理があって,決着が着かない.「じゃあまあ,今日は午後から雨みたいだし,車の窓を少し開けておいて,様子を見ましょう.まあ夕方までは,大丈夫でしょう」という,これまでの議論を台無しにするような,灰色の結論になった.合意形成とは多くの場合,こういう「凡庸で最悪の選択」である.

夕方,学会が終わって,車に戻ると,もう明らかに車内が臭い.翌朝,車に乗ると,もっと臭い.ものがエゾバイに加えて,ワスレガイなのだ.ワスレガイは腐ると,もう最強に臭い.今頃,友人の車が,どんな匂いになっているのか,想像するだけで恐ろしい.これらの貝は,漁港で腐る運命にあったとは言え,情けない.頑張れば水槽で飼うこともできたのに.

ヘノジガイは持ち歩いて,解剖用と分子用の標本を作ったが,その他の貝は腐ってしまった.フィルムケースに海水と共に入れた「シロヒメガキ」は,外から見ても真黒で,開けるのが恐ろしい.

生物の生命を無駄にしないためには,手間暇を惜しんではいけない.それができないと,貝屋を引退だなと思う.こういう大人にならないように.


Siphonalia signa (Reeve, 1846) シマミクリ


投稿者: 由

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