藤沢の小田急百貨店では,ホンビノスガイは「ホンビノス貝」という表記で販売されていた.ビノスガイ(美之主介)という和名は,ビノスガイがかつて属していたVenus属に対しての,Venus=美の女神=美之主という当て字に由来し,貝類愛好者・加藤延年の命名である(岡本・奥谷,1997:「貝の和名」).この訳語をして,岡本・奥谷(1997)は倶楽部(クラブ),型録(カタログ),混凝土(コンクリート)などと並ぶ外来語当て字の傑作と高く評価している.しかし,Venusを美之主と書くなんて,貝屋以外,誰も知らないんじゃないだろうか.
ホンビノスガイ(鹿間,1964)は,ビノスガイ(Mercenaria)属の模式種であるため,ビノスガイに対して「本当のビノスガイ」という意味で与えられた和名だと考えられる.
Venus=美之主であるならば,Venus属がビノスガイ属と呼ばれるべきであるが,Venus属にはマルスダレガイ属という和名があって,もうどうしようもないんです.
何故に今日,美の女神であるVenus属が,丸簾という江戸時代の奴のような名前で呼ばれないといけないのか理解に苦しむところであるが,貝類学の諸先輩・偉大なる先人たちが,晩酌のついでに思いついたものが学問の歴史と云うものであるから,我々は後進としてそれを甘んじて受け入れるしかないのである.
そのような歴史的薀蓄は別として,ホンビノスガイという「標準和名」はなかなかいかしている.「本当の美の神様の貝」という恐れ多い和名になっているわけで,その薄汚れた実際の貝の風貌を遥かに凌駕した和名になっている.
「本美之主介が小田急デパートの地下に来ていますよ」と宣伝すれば,「あら,どんな歌舞伎役者かしら」「握手してみたいわ」「食べてもいいの?」と,主婦たちが蝗のように参集することは想像に難くない.「白はまぐり」と名乗るよりは,堂々と「ホンビノシュケで~す」と名乗った方が,絶対に大向うへの受けがいいに決まっている.ぜひ,「本美之主介」と表記して販売して欲しいものだ.
現在の東京湾の水質浄化を死にもの狂いで引き受けている,この可愛いらし貝について,いろいろと思ってしまう.
投稿者: 由
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