さて,そんなわけで,夏期も終わりなので,牡蠣の話はやめて,秋つぽい話をしよう.
あきっぽいと言えば,これはもう勉強の話になるわけで,勉強してると気が散ってしょうがないわけですが,これは年をとると何故かしつこく勉強するようになるので,心配いりません.
それで,おいしいものつながりで牡蠣の話から饂飩(うどん)の話に移るわけですが,こないだ「生物と非生物の間」という有名な本を立ち読みして勉強したら,「自己複製能力があるのが生物」というようなことが書いてありました.うろ覚えなので信用しないで欲しいですが,多分そんなことが書いてあった.
それで,ウドンは生物か非生物かを考えたんですが,ウドンは生物だという結論になった.このカタカナのウドンというのは,あのにょろっと長いウドンの麺のことです.丼に盛られた料理は饂飩として区別してください.
何故,ウドンが生物かというと,ウドンはちぎれても「ウドン」とみんなが認識しますよね.つまり,なんらかの事故で個体が破壊されても,そこにはウドンが存在する,分裂して増えているわけですから,これは明らかに自己複製能力があるわけです.
それに対して,餃子はどうかというと,餃子を半分にしたものは「食べかけの餃子」として認識されるので,餃子としての存在が失われます.だから,餃子は生物ではなく,非生物になります.
生物の和名は,カタカナで表記されますから,ウドンがウドンと一般的に書かれているのはウドンが生物だからであり,餃子が漢字で表記されているのは餃子が非生物であることをよく示しています.
ラーメンはどうかというと,ラーメンは生物ではない.何故なら,まず第一にラーメンは丼に入った料理であって,しかもラーメンと焼きそばと冷やし中華の麺では区別がつかないので,ちぎれた麺があってもラーメンという名前では存在できないからです.だから,ラーメンは非生物なので漢字で表記すべきなのですが,カタカナで表記されることが多いのは「ラーメンは生き物である」というような狂信者が多いからだと考えられます.
餃子やラーメンというものは,むしろ小宇宙に近いもので,やはり非生物ではないかと思うわけですが,「宇宙は自己複製能力があるじゃないか」と満腹楼(藤沢の中華屋)の主人と話し込んでしまいました.
そんなわけで,秋は食欲と哲学の季節です.季節はずれの春巻などを食べながら,変な妄想にふけってみましょう.
前ブログでのコメント
返信削除投稿者: 由
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投稿者:しんすけ2011/8/30 2:14
うどんは生物(なまもの)ですものね♪